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Feb. 14, 2010

2010年2月14日
昔、恵比寿には二件の観光旅館がありました。一軒は、「光雲閣」でもう一軒は「ホテル泉景」でした。光雲閣は、恵比寿というよりも代官山にほど近い場所で、現在跡地には光雲閣という名前のマンションが建っており、姿は変わっておりますが、名前は現在も残っています。
一方の、「ホテル泉景」は痕跡を残しておりません。
恵比寿を舞台に、昭和42年に公開された映画、「喜劇 駅前満貫」の冒頭恵比寿駅のシーンで、「泉景」と「光雲閣」の看板がチラリと写ります。ちょうど下の写真の右はじの看板がそれです。本日は、かつてのホテル泉景があったあたりを巡ってみました。


残念ながら、ホテル泉景に足を踏み入れたことは一度もありませんでした。記憶に残っているのは、立派な門構えと、門が開くとちらりと見える流水でした。流水には朱塗りの太鼓橋がかかりっていました、そして小さいながらも滝があり、照明に照らされていました。ホテル泉景があった場所は恵比寿MFビルが建っています。下の写真が、恵比寿東口交差点から、ホテル泉景があった場所に建つ、恵比寿MFビルを写したものです。当時、ホテル泉景は高い塀と石垣に囲まれており、中を伺い知ることはできませんでした。


ちょうど下の写真に写っているあたりに立派なお城のような門があり、夕方になると門の前には観光バスが止まっていることが少なくありませんでした。



上の写真に写っている恵比寿MFビルの道向かいには、モンスーンカフェがあります。


恵比寿MFビルの並び(ちょうど、上の写真のモンスーンカフェの向いあたり)には下の写真のような場所があります。
この辺りは景丘(かげおか)と呼ばれる場所で、恵比寿近辺で、ひときわ小高くなっている場所です。ホテル泉景も、そんな小高い丘の地形を生かして斜面に建てられていたのでしょう。現在でも、下の写真のように、寸断された古い階段が残されています。


恵比寿は、その昔鉄道貨物の取り扱いが比較的多い場所でした。恵比寿駅の西口には鉄道貨物専用の受付がありました。そして、東口には貨物の操車場と貨物の積み下ろし場所がありました。そのせいか、恵比寿駅は乗降客の割には駅の敷地が広く取られていました。現在、貨物の取り扱いは無くなりましたので、余剰となった土地には、駅ビルやオフィスビルが作られました。そして、一部は、下の写真の様な駐車場になっています。


上の写真に写る、JR恵比寿ビル駐車場の道向いに。景丘に登る道があります。


景丘に登る道を登り切ったところに、小さな公園が最近作られました。正確には、今のところ建設途中で中に入れないように三角コーンが並べられていました。
その、小さな公園は「景丘(かげおか)ちいさい秋公園」と名付けられていました。この「ちいさい秋公園」ですが、遊具の類はなく、公園と言うよりも空き地に近い形態です。


ちいさい秋公園



本当は、入ってはいけないのでしょうけど、ちょっと足を踏み入れてみました。そこには一枚の看板が立てられていましたが、お披露目は3月1日のようです。
ただ、中田喜直氏の住居跡と書いてありますので、この公園の名前と考え合わせると、「ちいさい秋みつけた」「夏の思い出」を作曲された高名な作曲家である中田喜直氏の住居(恐らく生家だと思います)がこの場所にあったのでしょう。


生涯三千曲に上る名曲を作曲された中田喜直氏の住居跡が公園になったということで、春先にはちょっとした話題になるのではないでしょうか。
さて、そんな景丘からかつてホテル泉景のあったあたりに降りて行きました。この辺りは、古くからの住宅街で、小さな住宅が密集しています。大部分は、マンションに生まれ変わり、道も整備されているのですが、ちょっと奥に入るとごらんのような看板が目に入ってきます。狭く、極端に曲がりくねった道が続きます。


傾斜もかなりきついです。


とうとう、道が階段に変わってしまいました。


階段を下りていくと、他人様の私有地と思われる場所に入ってしまいました。まわれ右して、もと来た道を引き返しても良いのですが、ちょっとだけ失礼して通り抜けさせていただくことにしました。


buena vista ebisuという建物を抜けさせていただいたようです。buena vistaは確かスペイン語で「素晴らしい景色」という意味だったと思います。恐らく「景丘」という古い地名に掛けているのではないでしょうか。ありふれた「buena vista」よりも、泉景にかけて「fuente vista」の方が良かったのではないでしょうか。


ということで、ホテル泉景の面影は全く残っていませんでしたが、ちいさい秋公園を見つけることができました。


ホテル泉景 跡