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Feb. 7, 2010

昔々、恵比寿の自宅から、天現寺の幼稚園まで通った道のりを歩いてみました。

最初は、幼い頃怖くて仕方のなかった場所です。近所の工務店の資材置き場の二階にあった窓から、通りかかる子供に向かって「アアーン、アアーン」と叫ぶ男が住んでいました。
子供たちは「アアーンのおじさん」と呼んで恐れていましたが、本当の名前は知りません。現在も「アアーンのおじさん」の住んでいた場所は面影を残していますが、窓は無くなっています。
その、「アアーンのおじさん」ですが、頭は坊主頭で、お坊さんの着る袈裟のようなものを着ていたように記憶します。仏門の方だったかどうかは今となっては解りません。
昔は、そのようなちょっとおかしな人が結構いましたが、特に問題にもされず、トラブルというものもなかったように記憶します。それに比べると、現代はちょっと変わった人に対する臨界点が異常に低くなっている気がします。「アアーンのおじさん」に関して、家族に話しても「ああ、あの人は子供が好きだから子供を見ると声をかけるのよ」と言われてお終いでした。実際、そうだったのでしょう。子供が勝手に怖がって逃げていただけなのでしょう。これが現代だったら、間違いなく警察沙汰でしょう。それよりも、ちょっと変わった人が圧倒的に少なくなったような気がします。昔は、町内に一人くらいは変な人がいたものです。そして、周りの人もそれを受け入れていたのです。


天現寺の交差点です。昔、ここには火の見櫓のような建物があって、そこには警察官がいて交差点の状況を監視していました。そして、現在のような歩道橋も無く長い横断歩道を速足で渡った記憶があります。そして、噺家の桂小金治師匠がこのあたりを走っていました。信号待ちなどで、桂小金治師匠と一緒になると、必ず声を掛けてくれました。とても、気さくな方だったことを記憶しています。当時、桂小金治師匠はテレビのワイドショーに出演していましたので、幼稚園児でもその顔と名前は知っていました。


歩道橋の上から、天現寺を写してみました。現在、工事中のようです。当時は、門を入って左側に鉄筋コンクリート造りの本堂があり、まっすぐ行くと幼稚園がありました。天現寺は禅宗の寺ですので、幼稚園児も朝の集まり等は必ず板の間に正座でした。


天現寺の道向いにある都営アパートです。都営アパートができる前、ここは都電の車庫でした、カマボコ屋根の建物が沢山並んでいたことを記憶しています。


おまけ。
広尾商店街の端の方にある床屋です。ウララという屋号の床屋です。ここの店員さん、全員スキンヘッドです。


全員スキンヘッドの床屋



おまけ2。
広尾商店街の外れにある民家です。周りの建物はどんどん新しくなりますが、ここだけは私の知る限り全く変化がありません。いつまでも、この昭和の佇まいを残してほしいと思います。

天現寺