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Jun. 6, 2010

小学生のころから長いこと通っていた床屋がありました。地元では伊達坂と呼ばれている坂の中ほどにあるその床屋は「ヨコヤマ」という屋号でした。

押し戸を開けて中に入ると、小柄な親父さんが「いらっしゃいまし」と声をかけてくれました。「いらっしゃいませ」ではなく「いらっしゃいまし」でした。抑揚を抑え、大きすぎず小さすぎない頃合いの良い大きさの声は、子供の耳にも心地よかったことを覚えています。そして、この「いらっしゃいまし」という言葉が只者ではない、出来る職人を感じさせました。

店の中には立派なオーディオセットが設えてありました。当時は、まだCDが無かった時代ですから、音の良い音楽ソースというと専らオープンリールのテープレコーダーでした。相手が大人ならば、世間話でもするのでしょうが、子供相手では気の利いた世間話などできるはずもなく、更に私は無口なほうだったのでなおさらでした。そんなどことなく漂う気まずさを払うためか、必ず私が行くと立派なオーディオセットで音楽をかけました。時としてオープンリールで、そしてFMラジオのこともありました。大体かける音楽は、クラシック音楽と相場は決まっていて、曲名も奏者も解らない音楽を聴きながら散髪をしてもらっていました。子供には訳のわからない音楽でも、沈黙を埋めるには十分でした。

この「ヨコヤマ」という床屋は、当時から古い道具をつかっており、当時でも古い部類の道具であった、スチーム式の消毒器を使っていました。また、蒸しタオルも、最近の電気で温めるものではなく、ガスの炎で湯を沸かし、タオルを蒸かすものでした。このタイプの蒸し器で作った蒸しタオルは、過剰な水分を含んでおり、使う前には余分な水分を絞り取らなければなりませんでした。

親父さんがタオルから余分な水分を絞り取る所作はなかなか見事なものでした。蒸し器の蓋をあけ、タオルの先を指先でつまんで、展開したタオルを2~3回振ってあら熱を取ったあと、素早くクルクルと丸めて、キュッと絞って一丁上がりです。ここで更に右手から左手へ、そして左手から右手へと数回キャッチボールして温度の調整をすることもありました。また、タオルの両端を左右の手で持って、素早く伸ばしたり縮めたりして温度を調整することもありました。熱いタオルですから、普通だったらトングなんかを使うんでしょうが、この床屋は素手で扱っていました。そして、この蒸しタオルが実に頃合いの良い温度で気持ち良かったことを覚えています。最近の電気式の保温機から出てきた蒸しタオルは、水分の量が少ないせいか、ガスの蒸し器で作ったタオルよりも随分と冷めやすい欠点がありますが、「ヨコヤマ」の蒸しタオルはなかなか冷めませんでした。そして、長い時間心地よさが続きました。

そんな床屋の「ヨコヤマ」ですが、私の祖父が他界した日に散髪したのを最後に通うことをやめてしまいました。通わなくなった理由は特にありませんでした。ただなんとなく通うのをやめてしまったのです。今思えば、最後に通った日に祖父の容体について聞かれ、容体を良く知らなかった事を気まずく思ったからかも知れません。

そんな、床屋の「ヨコヤマ」ですが、随分と前に店を閉めてしまいました。仮に、今店が開いていたとしても、再びドアを開けることは無いでしょう。特に理由はありません。強いて言うならば、なんとなく気まずいからなのでしょう。

床屋の「ヨコヤマ」は営業をやめてしまっていますが、店構えはそのままです。色あせたテントには色あせた文字で「BARBER ヨコヤマ」と書かれたままです。「ヨコヤマ」が営業していたころは、店先にはクーラーの室外機と、沢山の植木(とくにゼラニウムが多かったと記憶しています)が置かれていましたが、今はそれもきれいに片づけられてしまっています。開けると、親父さんが「いらっしゃいまし」と声を掛けてくれた押し戸も今はカーテンが引かれ、開くことはありません。

理容ヨコヤマ